オガサワラヤモリ

Lepidodactylus lugubris (Duméril et Bibron, 1836)

爬虫綱>有鱗目>ヤモリ科>オガサワラヤモリ属>オガサワラヤモリ

  • オガサワラヤモリ
概要

[大きさ] 

  • 頭胴長 30–40 mm,全長 80–110 mm [1].

[説明]

  • 雌のみが存在し,単為生殖をする.
  • 二倍体(2n = 44)と三倍体(3n = 66)の染色体型が存在.

[保全状況]

  • 環境省レッドリスト2014選定 : 絶滅のおそれのある地域個体群 (大東諸島) [1].
  • 沖縄県レッドリスト選定 : 絶滅のおそれのある地域個体群 (大東諸島) [2].
分布

[分布]

  • 太平洋とインド洋の熱帯・亜熱帯域の島嶼,及び周辺大陸の沿岸部に広く分布 [3].
  • 分布の北限に該当する日本では,大東諸島に自然分布.その他,小笠原諸島,与論島,沖縄諸島,宮古諸島,八重山諸島に移入 [4,5] .

[生息環境]

  • 民家の壁などの人工構造物から常緑広葉樹の二次林,防風林に至るまで,多様な環境に生息 [1,6].
分類

[分類]

  • 爬虫綱>有鱗目>ヤモリ科>オガサワラヤモリ属>オガサワラヤモリ

[タイプ産地] 

  • フランス領ポリネシアのタヒチ島で採集された個体が選定基準標本に指定されている [7].

[説明]

  • 本種は遺伝学的・形態学的に異なる複数のクローンが同定されており,2倍体クローン(2n = 44)と3倍体クローン(3n = 66)に大別される [8].2倍体クローンは近縁の両性生殖種間の交雑に由来し,3倍体クローンは2倍体クローンと親種の雄との交雑に由来すると推定されている [9].
  • 国内では,本種は当初,小笠原諸島の父島で採集された標本に基づいてGehyra variegata ogasawarasimae として記載された [10].後に,Shigei(1971)により,これが太平洋に広く分布するLepidodactylus lugubris (Duméril et Bibron, 1836)と同定され,この名前はシノニムとして扱われるようになった [11].
  • 国内では,外部形態の違いや遺伝子解析の結果に基づき,クローンの多様性が明らかにされている.大東諸島を除く琉球列島に生息する個体群のほとんどは台湾,フィリピン,ミクロネシア,ポリネシアなどに広く分布する三倍体クローン(クローンC)と同定された [12].小笠原諸島には,クローンCに加え,ミクロネシア,ポリネシア,メラネシアなどに広く分布する二倍体クローン(クローンA)も生息することが確認されている [6,12].これらの個体群は,国外から人為的に移入され,島間で分散した外来集団であると推定されている.
  • 大東諸島には,クローンCに加え,2種類の二倍体クローン及び11種類の三倍体クローンが確認されている.これらのクローンは,外部形態からは国外の既知のクローンと識別が難しいものが数多く見られるが,遺伝子解析の結果,クローンC及び2つの三倍体クローンを除き,大東諸島に固有であると考えられている [12,13].
  • 宮古島で採集された三倍体クローン及び竹富島で採集された三倍体クローンは,外部形態の違いや遺伝子解析の結果に基づき,それぞれ各島に固有であることが示唆されている [13].
体の特徴

[形態][1,2,8]

  • 背面の地色は通常淡褐色または淡灰色であるが,物陰などの暗い場所では,同じ個体でも暗褐色に変化する場合がある.
  • 背面には黒褐色の斑紋が散在し,その大きさや形,位置等から各クローンを識別できる場合がある.
  • 背面は細かい顆粒状の鱗からなり,大型の結節状鱗は見られない.
  • 前・後肢とも第1指は他の指に比べて発達が悪く,末端にかぎ爪がない.
  • 指下板は末端の3–5枚のみが左右に二分する.
  • 尾は下面側が扁平で,左右に弱いひだがある.
  • 他の国産のヤモリ類と比較して,胴と頭部の区別がつきにくい.
  • 背面には頸部から尾の基部にかけてV字型の黒斑が6–8対並ぶ(クローンA).
  • 背面には頸部及び尾の基部に1対の黒い桿状斑があり,胴部には不明瞭なW字型の斑紋が散在する(クローンC).

[似た種との違い][14]

小笠原諸島ではホオグロヤモリ(Hemidactylus frenatus),琉球列島ではキノボリヤモリ(Hemiphyllodactylus typus),ホオグロヤモリ,オンナダケヤモリ(Gehyra mutilata),ミナミヤモリ(Gekko hokouensis),沖縄諸島ではオキナワヤモリ(Gekko sp.)と同所的に分布する.それぞれ以下の点から識別できる.

ホオグロヤモリとの違い

  • 本種には背面の大型の顆粒状の鱗や尾のトゲ状の鱗,第1指の爪がない.

キノボリヤモリとの違い

  • 本種に比べて明らかに胴が長い.

オンナダケヤモリとの違い

  • 本種は後肢の後縁に皮膚のひだがない.

ミナミヤモリ,オキナワヤモリとの違い

  • 本種は指下板が二分する.
生態

[食性]

  • 北大東島で行われた胃内容物調査では,冬季にはワラジムシ類やゴキブリが,その他の時期にはハエ目やハチ目の昆虫の捕食が確認された [16].
  • ゲットウやモモタマナなどの花蜜も摂取することが知られている [20,21].

[捕食]

  • 国内では,サキシマバイカダ(Lycodon multifasciatus) [22],ダイトウコノハズク [23]による捕食が報告されている.

[繁殖]

  • 単為生殖をする.雄の表現型を持つ個体も稀に出現し,国内でも石垣島で生殖能力を有さない雄型個体が採集されている [15].
  • 大東諸島では年間を通して繁殖をする一方,冬季の気温がより低い沖縄島北部では,冬季には繁殖が行われない(もしくは孵化率が大幅に低下する)可能性が示唆されている [16,17].
  • 24 °C前後で孵卵した場合に,孵化率が最も高くなる [16].
  • 低温条件下では孵化率は低下するものの,14 °Cで孵卵しても孵化する場合がある [16].
  • 25–30 °Cで孵卵された場合,2ヶ月半ほどで孵化するが, 20 °C以下で孵卵された場合,孵化までに3ヶ月半–4ヶ月弱を要する [16].
  • 1回の産卵数は2個(70%)または1個(30%)[18,19].

[卵]

  • 付着性の卵(長径9 mm,短径7 mm程度)を民家や寺社の壁の隙間,二次林や防風林の樹皮の下などに産みつける [1,19].

[幼体]

  • 孵化直後の幼体は頭胴長16.0–18.4 mm [16].
  • 1回の産卵数が1個の場合,産卵数が2個の場合と比較して,孵化した幼体の体格が劣ることが報告されている [19].
  • 頭胴長35 mmで性成熟する [16].
その他

[その他]

  • 本種は単為生殖種をするため性コストがかからず,各個体が独立して子孫を残せるため,有性生殖をする他種に比べてより広域に分布範囲を拡大することが可能であったと考えられる [24].
  • 小笠原諸島の父島,母島及び聟島列島で行われた調査では,クローンAは人家の壁などの人工的な環境に多く生息しているのに対し,クローンCは森林などの自然環境で主に見られる傾向が確認された [6,25].
  • クローンAはクローンCよりも攻撃的な性質であるとされる [26].
  • 沖縄島でクローンCを対象に行われた調査では,臆病な個体は撹乱度の高い環境に生息していた [27].
  • 沖縄島で行われた調査では,小型の幼体は大胆で探索性が低い一方,大型の幼体及び成体では様々な性格の個体が存在することが示された [28].
  • 大東諸島の個体群は,他のクローン及び外来種ホオグロヤモリとの餌やシェルターを巡る競合による,個体数の減少が危惧されている [1,2].

執筆者:鈴木洋平


引用・参考文献

  1. 太田英利.2014. 大東諸島のオガサワラヤモリ. “レッドデータブック2014-日本の絶滅のおそれのある野生動物 3 爬虫類・両生類”, 環境省自然環境局野生生物課希少種保全推進室(編),東京都,85–86.
  2. 戸田守.2017. 大東諸島のオガサワラヤモリ. “改訂・沖縄県の絶滅のおそれのある野生生物 第3版(動物編)”,沖縄県環境部自然保護課(編),沖縄県,214–215.
  3. Bauer, A. M. and K. Henle. 1994. Familia Gekkonidae (Reptilia. Sauria). Part I. Australia and Oceania. Das Tierreich 109. Walter de Gruyter. Berlin. pp. 306.
  4. Ota, H. 1999. Introduced amphibians and reptiles of the Ryukyu Archipelago, Japan. In: G. H. Rodda, Y. Sawai, D. Chiszar and H. Tanaka, eds., Problem snake management: the habu and the brown treesnake, Cornell University Press, Ithaca and New York, pp. 439-452.
  5. 前之園唯史,田賀麻美.2021.鹿児島県初記録を含むオガサワラヤモリの新産地記録.Akamata,(30): 38–43.
  6. Murakami, Y., H. Sugawara, H. Takahashi, and F. Hayashi. 2015. Population genetic structure and distribution patterns of sexual and asexual gecko species in the Ogasawara Islands. Ecol. Res., 30: 471-478.
  7. Wells, R. W. and C. R. Wellington. 1985. A classification of the Amphibia and Reptilia of Australia. Australian Biological Services, 1: 1-61.
  8. Ineich, I. 1999. Spatio-temporal analysis of the unisexual-bisexual Lepidodactylus lugubris complex (Reptilia, Gekkonidae). In “Tropical Island Herpetofauna: Origin, Current Diversity, and Conservation. Developments in Animal and Verterinary Sciences 29″ Ed by H Ota, Elsevier, Amsterdam-Lausanne-New York Oxford-Shannon-Singapore-Tokyo, pp 199–228
  9. Radtkey RR, Donnellan SC, Fisher RN, Moritz C, Hanley KA, Case TJ. 1995. When species collide: the origin and spread of an asexual species of gecko. Proc Roy Soc Lond 259: 145–152
  10. Okada, Y. 1930. Notes on the herpetology of Chichijima, one of the Bonin Islands. Bull. Biogeogr. Soc. Japan 1: 187–194.
  11. Shigei, M. 1971. Reptiles of the Bonin Islands. J. Fac. Sci., Univ. Tokyo 12: 145–166.
  12. Yamashiro, S., M. Toda, and H. Ota. 2000. Clonal composition of the parthenogenetic gecko, Lepidodactylus lugubris, at the northernmost extremity of its range. Zool. Sci. 17: 1013–1020.
  13. Murakami, Y., and F. Hayashi. 2019. Molecular discrimination and phylogeographic patterns of clones of the parthenogenetic gecko Lepidodactylus lugubris in the Japanese Archipelago. Population Ecology, 61(3), 315-324.
  14. 中村健児・上野俊一. 1963. 原色日本両生爬虫類図鑑. 保育社. 大阪.
  15. Yamashiro, S. and H. Ota. 1998. Discovery of a male phenotype of the parthenogenetic gecko, Lepidodactylus lugubris, on Ishigakijima Island of the Yaeyama Group, Ryukyu Archipelago. Jap. J. Herpetol., 17:152– 155.
  16. Ota, H. 1994. Female reproductive cycles in the northernmost populations of the two gekkonid lizards, Hemidactylus frenatus and Lepidodactylus lugubris. Ecol Res 9: 121–130.
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  18. Brown, S.G., Sakai, J.T.Y., 1988. Social experience and egg development in the parthenogenic gecko, Lepidodactylus lugubris. Ethology 79, 317–323.
  19. Sakai, O. 2021. One or two eggs: what underlies clutch size variation within a gecko species?. Zoology, 146, 125911.
  20. 小林峻,伊澤雅子,傳田哲郎.2010.オガサワラヤモリのゲットウにおける採蜜行動.Akamata,(21): 1–6.
  21. 酒井理.2015. 沖縄島周辺におけるオガサワラヤモリの新たな分布地と花外蜜腺からの採蜜行動.Akamata,(25): 5–8.
  22. 細将貴.2007.サキシマバイカダによるオガサワラヤモリの捕食例.Akamata,(18): 9–11.
  23. Akatani, K., T. Matsuo, and M. Takagi. 2011, Breeding ecology and habitat use of the Daito scops owl (Otus elegans interpositus) on an oceanic island. J. Raptor Res., 45.
  24. Maynard SJ. 1978. The evolution of sex. Cambridge, England: Cambridge University Press.
  25. 村上勇樹.2016. 小笠原諸島聟島列島におけるオガサワラヤモリのクローン多型とその分布. 小笠原研究年報, (40), 53-58.
  26. Murakami, Y. and Hayashi, F. 2018. Behavioral interactions for food among two clones of parthenogenetic Lepidodactylus lugubris and sexually reproducing Hemidactylus frenatus Geckos. Current herpetology, 37(2), 124-132.
  27. Sakai, O. 2019. Behavioural tendencies associated with microhabitat use in a clonal gecko species living in the wild. Behavioral Ecology and Sociobiology, 73(5), 1-9.
  28. Sakai, O. 2018. Comparison of personality between juveniles and adults in clonal gecko species. Journal of ethology, 36(3), 221-228.