ナゴヤダルマガエル

Pelophylax porosus brevipodus (Ito, 1941)

両生綱 > 無尾目 > アカガエル科 > トノサマガエル属 > ナゴヤダルマガエル

概要

[大きさ] 

メス: 4.4-7.5cm

オス: 4.1-6.5cm  [14]

[説明]

  • 主に西日本に分布する中型のカエル
  • トウキョウダルマガエルと亜種の関係にあり、分布域は重複しない
  • 水田への依存傾向が強く、近年は乾田化などの影響で生息地が縮小している
分布

[分布]

中部地方南部(長野、静岡、愛知、岐阜、福井)、近畿地方中部(滋賀、三重、京都、大阪、奈良、兵庫)、瀬戸内地方東部(岡山、広島、香川、愛媛)

[生息環境]

低湿地帯の水辺、とりわけ水田[1]。水田への依存傾向が強く、農業依存種として挙げられることもある[10]。

分類

[分類]

  • 両生綱 > 無尾目 > アカガエル科 > トノサマガエル属 > ナゴヤダルマガエル

[タイプ産地] 

名古屋市師勝村[6]

[説明]

  • 亜種名の brevipodus は「短肢の」という意味のギリシャ語とラテン語の造語であり、当時同種と考えられていたトノサマガエルと比較して肢が短いことに由来する[3]
  • ダルマガエルは1868年、Copeが神奈川県のサンプルを基にTomopterna porosa と命名したことに始まる。その後Rana属に移され、南西諸島のカエルの命名で知られるStejnegerによってトノサマガエルの異名 (同じ種につけられる別の学名)とされることになる。1941年、伊藤龍は名古屋の個体群をもとに、当時「トノサマガエル」と呼ばれているものの中に形態的に異なる2つのタイプを見出し、そのうちの一方を短肢蛙、ダルマガエルと呼称した[3]。後に守屋勝太は交配実験などによって、日本の「トノサマガエル」にはいくつかのタイプが含まれていることを示し、その中には現在トウキョウダルマガエルとされるもののあった。そして彼の研究を継いだ川村智治郎が分類学的な整理を行い、トノサマガエルとダルマガエルを別種とし、後者の中にトウキョウダルマガエルとナゴヤダルマガエルの2亜種が存在するという現行の分類を築いた[6]。
  • ナゴヤダルマガエル内にも名古屋種族と岡山種族の2タイプがあることが知られており、これらは外部形態や繁殖音などの表現型に加え、遺伝的にも大きく異なる。両者の分布の境界についてはかねてより議論があったが、2018年の研究では兵庫県の加古川周辺において名古屋種族から岡山種族方向に遺伝子浸透が起きていることが判明、何らかの要因で隔離されていた両種族が現在再び接触していると考えられる[9]。
体の特徴

[形態]

  • ずんぐりむっくりした体型で、後肢は短い
  • 背面は平滑。緑色やこげ茶色、茶色、黄色など、個体によって様々な体色を持ち、中には黒色の斑紋が生じる個体もいるなど、変異が非常に大きい
  • 背中線をもたない個体が多いが、その有無によって種判別を行うことは難しい
  • 腹面には雲状斑紋が広がる個体も多い

なお、名古屋種族と岡山種族間でも形態の違いが認められる[9]。岡山種族では背中線が見られず、腹面の雲状斑紋も存在する一方で、名古屋種族ではそれらが見られる個体と見られない個体が混在しており、体色のパターンがトノサマガエルより近いといえる。また岡山種族において、背側の黒色斑紋がより大きく数も少ないといわれている。

[似た種との違い]

同所的に分布しているトノサマガエルと本種はそれぞれ種内の変異が大きく、両者の交雑、戻し交雑によって中間的な形質が見られることもあり、特定の形態のみに基づいた種同定はかなり難しいといえる。これから述べる種の形態的特徴もあくまで参考程度に考えてほしい。

ナゴヤダルマガエルトノサマガエル
後肢短い長い
背面の黒色斑紋互いに離れている繋がっている
背中線ないことが多いある (高田型を除く)
背側の隆条細い太い
腹面の雲状斑紋あることが多いない

また、分布域は重ならないが亜種の関係にあるトウキョウダルマガエルとの形態の違いも述べておく。一般的に、トウキョウダルマガエルはナゴヤダルマガエルとトノサマガエルの中間的な特徴を有しているといわれている。例えば、後肢が短い点や腹面に雲状斑紋が存在する点はナゴヤダルマガエルに近いが、背側線を持つ個体が多い点はトノサマガエルに近いといえる。加えて、背側の黒色斑紋は離れているが密度が低い。

生態

[食性]

アリや甲虫類、双翅類、半翅類、直翅類、クモ類を捕食する[1]。

[被食]

水田を利用する様々な生物に捕食されていると考えられる。水田の畦畔際で捕獲されたウシガエルの胃内容から本種の成体が見つかった例もある[2]。

[繁殖]

繁殖期は4-7月[14,15]。体長の大きいメス個体は8月から翌年の卵の準備が始まり、越冬時には大半の個体の卵巣が産卵直前の状態まで成熟する[14]。産卵は1シーズンに複数回なされることもあり、卵巣の成熟の具合から越冬直後に1回、その約一カ月をかけて卵を準備し6月ごろから2回目の産卵を始めると考えられる。産卵場所は水田やその脇の水路や溝など。同所的に分布するトノサマガエルとは、産卵時期の大きな違いはないと考えられる[15]。

[越冬]

秋から春先にかけて、水田の畦畔や休耕田内で越冬する[17]。

[鳴き声]

名古屋種族

ンギギギギッ…

岡山種族

ギィー…ギィー

2種族間でオスの繁殖音には差が認められる[18]。このほかにも、本種ではメスでも小さな鳴き声を発することが報告されている[4]。この非常に小さい声の役割については不明な点が多いが、同種オスもしくはトノサマガエルのオスの抱接を拒絶する等、個体間のコミュニケーションの一端を担っていると推測されている。

[成長]

変態した個体の内で雄の多くと雌の一部は10月頃には性成熟し、翌年の繁殖に参加するのが普通だが[11]、高地では繁殖の参加が1年遅れるとされる[12]。1歳までは急激に成長するが、2歳以降は成長速度が落ちる[11]。飼育下における寿命は最長7-8年と考えられている[12]。

[卵]

卵塊は小さく、1300-2200個が小分けにして産まれる。卵径は1.2-1.6mmほどで、トノサマガエルと比べると小さい[7]。

[幼生]

最大全長は50㎜以上で、トノサマガエルよりは小さい。トノサマガエルでは明確でない尾の黒色網目模様が顕著にみられる[7]。

その他

[保全状況]

  • 環境省レッドリスト 絶滅危惧IB類選定 (2020)
  • 滋賀県 指定希少野生動植物種 (2007)
  • 奈良県 特定希少野生動植物 (2010)
  • 広島県 指定野生生物種 (2012)
  • 愛媛県 特別希少野生動植物 (2009)
  • また、分布する全ての府県のレッドリストにおいて絶滅危惧種 (京都府では絶滅寸前) に選定されている[13]

[絶滅が危惧される要因]

本種は繁殖期のみならず、一年を通して水田に強く依存した生活史をもつため、近年見られる水田の構造や耕作方法の変化が個体数を減らす一因であるといえる[17]。開発による水田の消失や湿田の乾田化は、本種の繁殖地を奪ってしまうだけでなく、餌資源を確保する環境や幼生の生育にも悪影響を与えていると考えられる。さらに、畦畔や水路をコンクリートで舗装することによって冬季の越冬場所の喪失や移動の大きな妨げに繋がっているといえる。また、近縁種であるトノサマガエルとの交雑も問題の一つである。長野県の伊那盆地における研究では、個体群サイズの小ささなどが要因でトノサマガエルとの雑種化が起きていることが明らかにされた[5]。一方琵琶湖周辺における研究では、両者の繁殖場所が異なっていることで雑種化が抑えられていることが推測された[11]。これらの結果の違いは2種の個体数に地域差があることに因るとも考えられており、同所的に分布する両者の繁殖形態や遺伝子浸透の程度に関してさらなる研究が待たれる。

執筆者:野田叡寛


引用・参考文献

1. Hirai, T., & Matsui, M. (2001). Food habits of an endangered Japanese frog, Rana porosa brevipoda. Ecological Research, 16(4), 737-743.

2. 平井利明, & 稲谷吉則. (2008). ウシガエルによるナゴヤダルマガエル雄成体の捕食例. 爬虫両棲類学会報, 2008(1), 6-7.

3. 伊藤龍.(1941).トノサマガヘルの二型(第一報).名古屋生物学会記録8:79-87.

4. Itoh, M. M. (2017). Acoustic Analysis of Novel Female Calls in Japanese Pond Frogs, Pelophylax nigromaculatus and Pelophylax porosus brevipodus. Current herpetology, 36(2), 135-141.

5. Komaki, S., Kurabayashi, A., Islam, M. M., Tojo, K., & Sumida, M. (2012). Distributional change and epidemic introgression in overlapping areas of Japanese pond frog species over 30 years. Zoological science, 29(6), 351-358.

6. Matsui, M., & Hikida, T. (1985). Tomopterna porosa Cope, 1868, a senior synonym of Rana brevipoda Ito, 1941 (Ranidae). Journal of herpetology, 19(3), 423-425.

7. 松井正文, & 関慎太郎. (2008). カエル・サンショウウオ・イモリのオタマジャクシ ハンドブック.

8. 松井正文, & 関慎太郎. (2016). ネイチャーウォッチングガイドブック: 日本のカエル分類と生活史~ 全種の生態, 卵, オタマジャクシ.

9. Nagai, Y., Ito, K., Yuasa, Y., Fujitani, T., Naito, J. I., Ogata, M., & Miura, I. (2018). The Distributions and Boundary of Two Distinct, Local Forms of Japanese Pond Frog, Pelophylax porosus brevipodus, Inferred From Sequences of Mitochondrial DNA. Frontiers in genetics, 9, 79.

10. 内藤梨沙. (2012). 水田地帯におけるカエル類 (特にナゴヤダルマガエル) の保全について. 景観生態学, 17(2), 57-73.

11. Nakanishi, K., Honma, A., Furukawa, M., Takakura, K. I., Fujii, N., Morii, K., … & Nishida, T. (2020). Habitat partitioning of two closely related pond frogs, Pelophylax nigromaculatus and Pelophylax porosus brevipodus, during their breeding season. Evolutionary Ecology, 34(5), 855-866.

12. 沼澤マヤ, & 大河内勇. (2006). 広島県産の絶滅危惧種ナゴヤダルマガエル (Rana porosa brevipoda) の飼育下における寿命. 爬虫両棲類学会報, 2006(2), 97-99.

13.環境省.いきものログ.https://ikilog.biodic.go.jp/Rdb/pref (2021年7月9日)

14. 芹沢孝子. (1983). トノサマガエル-ダルマガエル複合群の繁殖様式  I. 愛知県立田および佐屋における成長と産卵. 爬虫両棲類学雑誌, 10(1), 7-19.

15. 芹沢孝子. (1985). トノサマガエル-ダルマガエル複合群の繁殖様式 II. 春先きに水がない場所でのダルマガエルとトノサマガエルの産卵. 爬虫両棲類学雑誌, 11(1), 11-19.

16. 田中雄一, 河村年広, 佐伯晶子, & 加藤久. (2018). 摩耗程度の異なるコンクリート壁面に対するカエル類 4 種の脱出能力の比較. 応用生態工学, 21(1), 9-16.

17. 多田正和, 伊藤邦夫, 齋藤稔, 森也寸志, 福桝純平, & 中田和義. (2019). 岡山県倉敷市におけるナゴヤダルマガエルの越冬環境. 農業農村工学会論文集, 87(2), I_179-I_187.

18. Ueda, H. (1994). Mating calls of the pond frog species distributed in the Far East and their artificial hybrids. Scientific report of the Laboratory for Amphibian Biology, (13), 197-232.