キタサンショウウオ

Salamandrella keyserlingii (Dybowski, 1870)

両生綱 > 有尾目 > サンショウウオ科 > キタサンショウウオ属 > キタサンショウウオ

概要

[大きさ] 

  • 全長 11 – 13 cm

[説明]

  • 日本では釧路湿原、上士幌町、国後島のみに生息している小型サンショウウオ。
  • 背面の中央に黄土色の帯がある。
  • 産卵は基本的に止水域で行われる。
  • 寒冷環境に非常に強く、ロシアを中心にユーラシア大陸北部に広く分布し、これは両生類の中で世界最大の自然分布域である。日本のサンショウウオで海外にも分布するのは本種のみである。

[保全状況]

  • 環境省レッドリスト2020:絶滅危惧ⅠB類
  • 北海道レッドリスト2015 : 絶滅危惧ⅠB類
  • 釧路市(1975〜)、標茶(しべちゃ)町(1992〜) : 天然記念物

[環境状況]

  • 宅地開発、農業用地化、河川改修、乾燥化などで、生息地が破壊されてきている。釧路湿原内には90ヶ所ほどの生息地が知られていたが、現在その内の約3割の地点で壊滅的な打撃を受けている[14][16]。太陽光発電所建設によっても生息環境が損なわれている[19]。
  • 上士幌町の生息地においても非常に乾燥化が進んでいるため、以前は絶滅したといわれていたものの、近年生息が確認された[13]。
分布

[分布]

  • 釧路湿原、上士幌町、(国後島)
  • 海外での分布:(国後島)、サハリン、パラムシル島、シュムシュ島[16]、ロシア本土、カザフスタン、モンゴル、中華人民共和国、朝鮮民主主義人民共和国[14]

[生息環境]

  • 低地の止水域に棲む。
  • サハリンでは、標高800mの山地の水たまりや林道沿いの側溝でも繁殖している[17]。
  • ともに北海道に生息する本種とエゾサンショウウオの分布域は、全く被らないことで知られる。海外においてはより多様な環境で本種は生息しており、ニッチをエゾサンショウウオに奪われたと考えられる[16]。
分類

[分類]

  • 両生綱 > 有尾目 > サンショウウオ科 > キタサンショウウオ属 > キタサンショウウオ

[タイプ産地] 

  • Kultuk

[説明]

  • タイプ産地には諸説あるが、ロシアのバイカル湖西端のクルトゥク村(Kultuk)とされ[14]、Benedikt Dybowskiが1870 年に記載した[2][10]。
  • 本種とエンカイシュウキタサンショウウオ S. tridactyla のみでキタサンショウウオ属をなす。
  • 広く分布する種ゆえ、分類について様々な議論がある[8][14]。また、シノニムも多数ある。
  • かつて北海道の個体群は移入個体群であるとも考えられていたが、大陸やサハリンの集団とは遺伝的に分化していることから、現在では自然分布と考えられている[12][14]。
  • 長い間日本では釧路湿原のみに生息しているとされてきたが、2017年に上士幌町にも生息していることが報告された[13]。遺伝学的研究により、この個体群は移入個体群ではないことが示された[12]。
  • 日本においては、1954年4月17日に平戸前小学校の児童によって発見され、当時の平戸前小学校長永田栄が既存種との違いに気づいた。報告したのは Mikamo(1955)で、同年9月に釧路市平戸前(現在の北斗地区)で採集された標本がもととなった[10]。
  • 北海道とサハリンにまたがって分布しているため、八田線*に反した例となっている。(*八田線: 宗谷海峡上に引かれた爬虫両生類と淡水無脊椎動物の動物地理学的境界線の一つで、1910年に八田三郎が定めた。当時は本種の北海道での分布が知られていなかったために、その分布の有無が根拠の一つとされた。)
体の特徴

[形態]

  • 国内の小型サンショウウオとしては、中型。
  • 背面中央付近に黄土色の縦帯があり、その中央に褐色の線が1本入る。
  • 日本のサンショウウオは前肢の指が4本、後肢の趾が5本のものが多いが、本種では前肢の指と後肢の趾の本数がともに4本である。
  • 四肢は短く、前肢と後肢を体に沿って伸ばしても触れ合わない。
  • 基本的に肋条は13本である。頭部は比較的扁平し、卵形。眼は大きく、尾は肉厚で弱く側偏する。

[エゾサンショウウオとの比較]

  • 本種はエゾサンショウウオに比べてやや小型である。また成体では、エゾサンショウウオの背面は黒褐色で、黄土色の縦帯はなく、体色が大きく異なるので識別は容易である。
  • 卵嚢の形状はどちらもバナナ状で、青白く光るのがキタサンショウウオである。
キタサンショウウオ
エゾサンショウウオ
生態

[特性]

  • 低温に対して強い耐性を持ち、数日間であれば冬眠場所の温度が-23℃にまで下がっても死ぬことはない[14]。また短時間であれば体が凍っても問題ないようである[16]。

[食性]

  • 成体は、ミミズ、昆虫、ナメクジなどを捕食する[5][16][18]。
  • 幼生は、主にイトミミズやユスリカの幼虫などの水生昆虫を捕食する[14][17]。ユーラシア北東部では主にヨコエビを食べていたという報告もある[8]。孵化直後はプランクトンを捕食する[17]。

[被食(幼生時)]

  • ゲンゴロウモドキをはじめとする水生昆虫や魚類のキタノトミヨ、エゾアカガエルの幼生などが天敵として知られる[15]。
  • 日本産有尾類総説[15]では本種の幼生は共食いを積極的に行うと述べられているが、実験下では多頭飼いしても共食いが観察されないという[20]。

[繁殖]

  • 性成熟までに雌では3-4年、雄では2-3年を要する[3]。
  • 産卵は、冬眠から目覚めた直後の4月上旬から5月下旬にかけて行われる。低標高の止水域において日没後に行われることが多い[16]。高層湿原付近に棲む個体群では、低層湿原域に比べて気温や水温が低いため、一週間ほど遅れる[16]。繁殖期には、オスが尾を揺らしながら水中でメスを待つ[17]。
  • 沿海州の個体群においては流水域においても繁殖する場合がある[15]。分子系統学的な解析によるとサンショウウオ科の祖先系統はもともと流水性であり、止水産卵性の種はキタサンショウウオ属の全てと、サンショウウオ属の一部のみである[14]。
  • 繁殖期のオスの体色は黄土色の線が不明瞭になるほどに暗色となり、尾はひれ状に扁平する[16]。またこの時期、成体の四肢や頭部の側面には白色の小突起が生じ、特にオスで著しい[14]。

[卵]

  • 胚は淡褐色。卵嚢は透明な全長15-20 cmのバナナ型で、卵数は一対あたり140個ほど[15]。30-40日ほどで孵化する[14]。産卵直後の卵嚢は光を浴びると青白く光る。
その他

[コメント]

  • 日本に数いるサンショウウオの中でも特殊な種で、迅速かつ効果的な保全が求められます。
  • 本種の低温耐性は非常に興味深いです。
  • キタサンショウウオの卵嚢を「青白く蛍光する」と表現している資料をよく見かけますが蛍光は通常の光の反射とは全く違ったプロセスによるものであり、実際にキタサンショウウオの卵嚢が蛍光を生じているか気になるところです。

執筆者:村川駿介


引用・参考文献

  1. Berman, D.I., M.V.Derenko., B.A.Malyarchuk., T.Grzybowski., A.P.Kryukov., and D. Miscicka-Sliwka. 2005. Intraspecific Genetic Differentiation of the Siberian Newt (Salamandrella keyserlingii, Amphibia, Caudata) and the Cryptic Species S. schrenkii from Southeastern Russia. Entomol. Rev, 85, 240-253.
  2. Dybowski, B. 1870. Beitrag zur Kenntnis der Wassermolche Sibiriens. Verhandlungen des Zoologisch-Botanischen Vereins in Wien 20: 237–242.
  3. Hasumi, M. 2010. Age, body size, and sexual dimorphism in size and shape in Salamandrella keyserlingii (Caudata: Hynobiidae). Evolutionary Biology 37: 38-48.
  4. 北海道. 2018. 北海道レッドリスト【両生類・爬虫類】改訂版(2015年). http://www.pref.hokkaido.lg.jp/ks/skn/yasei/tokutei/rdb/list2015_ryouha.htm, 参照2018-02-05.
  5. 環境省. 2014. レッドデータブック2014ー日本の絶滅のおそれのある野生生物― 3 爬虫類・両生類. ぎょうせい. 東京都.
  6. 環境省. 2017. 環境省レッドリスト2017. http://www.env.go.jp/press/103881.html, 参照 2018-02-05.
  7. 環境省. 第2回自然環境保全基礎調査(緑の国勢調査) 動物分布調査(両生類・は虫類)報告書 日本の重要な両生類・は虫類の分布 全国版. http://www.biodic.go.jp/reports/2-19/index.html, 参照2020-08-29.
  8. Kuzmin, S.L. 1999. The Amphibians of the Former Soviet Union. Pensoft, Sofia-Moscow.
  9. Kuzmin, S. L. 2008. On nomenclature of the Siberian Newts, Salamandrella Dybowski, 1870 (Caudata: Hynobiidae). Izvestiya Samarskogo Nauchnogo Centra Rossiskaya Akademii Nauk 10: 447–452.
  10. Mikamo, K., 1955. The occurrence of Salamandrella keyserlingii Dybowski in Hokkaido.Annot. zool. Japon.28:44-47.
  11. Matsui, M., N, Yoshikawa., A, Tominaga., T, Sato., S, Takenaka., S, Tanabe.,K, Nishikawa., and S, Nakabayashi.2008. Phylogenetic relationships of two Salamandrella species as revealed by mitochondrial DNA and allozyme variation (Amphibia: Caudata: Hynobiidae). Molecular Phylogenetics and Evolution, 48, 84-93.
  12. Matsui, M., Yoshikawa, N., Tanaka-Ueno, T., Sato, T., Takenaka, S., Terui, S., … & Tominaga, A. (2019). A genetic study of a newly found population of siberian salamander, Salamandrella keyserlingii (amphibia, caudata). Current Herpetology, 38(2), 122-127.
  13. 宮崎七奈衣・乙幡康之. 2017. 北海道上士幌町で確認されたキタサンショウウオの可能性のある卵嚢. 爬虫両棲類学会報, 2017(2):148–150.
  14. 西川完途. 2013. 東アジアの有尾類 第13回 サンショウウオ科(その9) ―キタサンショウウオ属―. クリーパー, 66, 80-85.
  15. 佐藤井岐雄. 1943. 日本産有尾類総説. 日本出版社. 大阪.
  16. 佐藤孝則・松井正文. 2013. 北海道のサンショウウオたち. エコ・ネットワーク. 札幌.
  17. 佐藤孝則. 1996. キタサンショウウオ. 千石他編. 日本動物大百科5. 平凡社. Pp.11-12, 21.
  18. 佐藤孝則. 2014. 釧路湿原に分布するキタサンショウウオの食性. 爬虫両棲類学会報, 2014(2):119–128.
  19. 照井慈晴. 2019. 北に生きるサンショウウオたち. ぎょぶる特別編集 特盛山椒魚本. NPO法人北九州・魚部(ぎょぶる編集室). 58-59.
  20. 照井慈晴. 2014. キタサンショウウオの幼生は共食いをするのか?. 北海道爬虫両棲類研究報告, 2, 21.